2章4話

○ セーフハウス・裏庭

夜更け、風が出てきている。下映えの草がこすれる
六月の足元に魔法円。光が彼の身体を包み込んでいる
魔法の光と音の中、六月の咒文が静かに響く

六月(咒文)『――汝(なんじ)は言葉なく、いと高きところより広がる地を見さだめ、光を、知性を、覚智(センス)を惜しむことなく注ぐ。
生まれいずるもの、汝の手により育まれ、蔓巻く緑の賢者は、汝の教えに従い、天に向かって息をする……」

魔法の光が消える
六月の声のほうに歩いてくる柊

六月  
「時野さん」

柊   
「裏庭にいたんだね。
ごはん、ありがとう。おいしかった。食べたら元気出てきたよ、肉野菜炒め」

六月  
「よかった。ラビさんを見送った後、顔色が悪かったので」

柊   
「やっぱり人間、食べないとダメだね。疲れたのかな」

六月  
「疲れて当然ですよ。ニューマン空間は、ノーマルなヒトにはエーテルが強すぎる」

柊   
「ニューマン空間? エーテル?」

六月  
「一気にいろいろ知ろうとすると、疲れますよ?」

柊   
「……そうかも。でも、気になるんだよね、いちいち。今やってたのも、魔法?」

六月  
「そうですね、菜園への魔法術式……うーん、祈祷ってところでしょうか」

柊   
「つまり野菜にお祈りしてたってこと? この野菜は魔法の何か? 見た目は……キャベツっぽいけど」

六月  
「キャベツですよ。『聖別されたキャベツ』ですけどね」

柊   
「『聖別されたキャベツ』……ものすごいパワーワード……。
(はっと気づいて)さっきの、肉野菜炒め」

六月  
「(にっこり)ええ、ここのキャベツを使いました」

柊   
「ええ~」

六月  
「俺の魔法の流派だと、わりと普通なんですよ。ハーブと一緒に育ててるし、聖別されているほうが都合いいですしね」

柊   
「(独り言)聖別された肉野菜炒め……」

六月  
「リビングに戻って、少し話をしましょうか。俺と会った時の状況とか。何か思い出すかもしれないですし」

柊   
「そうだね。俺、その時は魔法使いっぽかったんでしょう?」

六月  
「ええ。転移魔法を使ってましたね。すごく精密で、強い魔法で。エーテルが揺れて。それから、ラビさんがナイトメアに狙われてるって言って」

柊   
「俺は、彼女を知ってたのかな」

六月  
「そんなふうに見えましたよ。でも――」

柊   
「彼女は俺のことを知らなかった。そうだよね」

六月  
「……ええ」

柊   
「俺が一方的に知ってたのかな? まさか、ストーカーとか……!」

六月  
「あはは、そんなふうには見えませんけどね。
大丈夫ですよ。そうじゃなかったら、ラビさんも『明日また話を聞きに来る』とは言わないと思います」

柊   
「そっか。そうだよね。明日も来てくれるんだよね。
──ありがと、佐奈崎くん。なんだか助けてもらいっぱなしだな」

六月  
「困ってる時はお互い様です。それに魔法に関わることですから、気になって。
――(独り言に近く)そう、気になってるんです。いま気づいていないだけの大きな意味があるんじゃないかって」

柊   
「佐奈崎くん……?」

六月  
「あ――ああ、いえ。なんでもありません。
(にっこり笑って)リビングに戻りましょう。お茶でも淹れますよ。それから、部屋を用意しますね。泊っていってください」

柊   
「えっ、いいの?」

六月  
「ええ。この家、住んでいるのは俺だけですし。家主にも確認はとりますけど、たぶん問題ないはずです」

柊   
「うわ、助かる。正直、どうしようかな、とは思ってた」

六月  
「先に行っててもらっていいですか? 電話かけていきますから」

柊   
「わかった」

柊、立ち去りかけて

柊   
「ねえ、佐奈崎くん」

六月  
「はい」

柊   
「君、本当に高校生?」

六月  
「(言われ慣れているのか微笑して)高校生ですよ。ちょっと魔法が使えて、ちょっと戦えるだけの、高校生です」

柊   
「そっか。――わかった」

六月  
「時野さんは、大学生くらいでしょうか。それも――思い出せるといいですね」

柊   
「そうだね。先に戻ってるよ」

柊、立ち去る。裏庭には六月だけになる。
六月、スマホを出して

六月  
「――メテウスに連絡しておかないとな。
記憶喪失の魔法使いと、ラビット――慎重に、観察する必要がある。そのためには、近くにいてもらえるほうが好都合だ」

風が強く吹き、草が揺れる。

六月(N)
「――人には『その時』という場面が、人生において何度か訪れる。
無自覚にやり過ごし、あの時がそうだったと振り返って気づくこともままある。
俺はといえば、『その時』に対し、やはり無自覚だった。無自覚なままに、かすかに、不思議な予感を覚えるだけ。
そしてずっと後になって、俺はこの日のことを何度も思い返した。あなたと出会った――この『運命の日』を」