2章1話

○ 神楽坂・住宅街

六月(N)
「ウィザードにとって、ナイトメア出現のアラートで出撃するのはいつものことだ。
ただ、いつもと違ったのは、襲われていた女性が『預言者』かもしれないこと、そして、それを知っているらしい唯一の人物が、記憶喪失だと言い始めたこと――」

柊、公園から戻ってくる

柊   
「ごめん、顔洗ってさっぱりはできたけど、なんにも思い出せないままだ。
とりあえず、俺のことは『時野柊』でいいよ。自分でそう名乗ったんだよね?」

柊   
「え~、病院? ……なんか、苦手みたい。でもぴんぴんしてるし、大丈夫」

柊   
「うう、心配されると、なんだか罪悪感がある……」

六月  
「ひとまず、ここから動きましょうか、近くに、俺がいま住んでいる家があります。
いろいろ聞きたいことも、あるでしょうから」

柊   
「そうだね。君も行こうよ」

六月  
「では、行きましょうか(歩き出す)」

ヒロイン、ついていこうとしてふらつく

柊   
「(とっさに抱きとめて)あっ、大丈夫?──(夢中で抱きしめて)ああ、よかった。
君が無事で、本当によかった……震えてる……可哀そうに。怖かったよね、あんな変なバケモノ」

六月  
「(咳払い)そんなに強く抱きしめると、苦しいのでは」

柊   
「(我に返る)あ……っ! (慌てて)ごめん! 何してんだ、俺。ほんと、ごめん!」

六月  
「行きましょうか。ちょっと坂が多いんですけど、すぐにつきますから」

三人揃って、住宅街を歩き始める

柊   
「本当に坂、多いね。それに、道もけっこう曲がってるし。疲れた? 大丈夫?」

六月  
「すみません。本当にもう少しですから」

柊   
「そういえばさ、さっき佐奈崎くん、この人の名前を聞いちゃダメって言ったじゃない。
『ラビット』だからって。ラビットって、なに?」

六月  
「なんていうのかな……特殊な力を持つ可能性がある人、という意味です。コードネーム的な感じですね」

柊   
「へぇ……。
(気づく)でも名前呼べないんじゃ、不便じゃない? なんなら、とりあえず『ラビちゃん』って呼んでいい?」

柊   
「可愛い感じするから。どう? 佐奈崎くん」

「預言者の可能性がある人物」はウィザードにとっては、あまりいい意味合いの言葉ではない。(柊は無自覚)

六月  
「(少し困惑)ええ、まあ……そうですね。現時点では、ウィザードに名前を明かすよりいいかもしれない。
(ヒロインに)あなたがよければ。俺の場合は、ラビさん、かな」

柊   
「よかった! 改めてよろしくね、ラビちゃん」

六月  
「ああ、ここを右です」

柊   
「え、この道、入っていいの? ここ。なんかやたら細いけど」

六月  
「はい。その道をもうひとつ曲がって、突き当たりです」

柊   
「ここを曲がって突き当たり――うわっ」

柊   
「こんなすごい家に住んでるの!? 立派すぎるし、由緒すごそうだし……君んち、何してるの?」

六月  
「やっぱり、ちょっと驚きますよね。
ここ、俺の実家ってわけじゃないんです。訳あって、ちょっと一人で住み込んでて――
なので、家の人間とかもいないんで、気にせずあがってください。
こっちです(入っていきながら)古めかしいですけど、リフォーム済なので居心地はいいんですよ」

柊   
「じゃあ、お邪魔します。すごいね、これって、古民家ってやつ?」

門を抜けて、数歩先の玄関のドアを開けながら

六月  
「ええ、そうです。大正か、昭和初期の家だそうですよ。
去年までは、アンティークショップだったんです。今は、もう閉めてしまっていますけど」

六月  
「オーナーがものすごい目利きで、目利き過ぎて、いわくつきというか、その……『本物の魔法の骨とう品』を集めちゃったんですよ。それもすごい数を」

六月  
「あっ、時野さん、その灯篭は触らないほうがいいです」

柊   
「えっ?」

灯篭がゆらっと揺れると、柊にかみつこうとする

柊   
「うわっ! かみつこうとした!?」

六月  
「すみません、ウィザード――魔法使いが相手だと、動くんですよ、それ」

柊   
「えっ、俺、魔法使いなの!?」

六月  
「最初にお会いした時は、そんなふうに見えましたけど……今は、『資質があるかもしれない』というレベルですね。リトスも持っていないみたいだし……。これも記憶を失った弊害かもしれません。
──どうぞ、あがってください。そのあたりも少し、ちゃんとお話ししましょう」